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働くオカンの思考を解剖したらこうなりました

働くオカン(三姉妹の母)の思考 From 2013.10.21 to 2015.04.07

素敵な育児ブログを読む度に・・・ごめんなさい。

育児
私は、人様の育児ブログを読ませて頂くのが大好きだ。大好きだ・・・がっ!!!


心に余裕がないと、ほんとーーに心が荒む・・・心せめぇーーなぁーーーテメェー。ですよ、ほんと。


読んだブログが、とっても素敵な育児していれば・・・
ケッ!あたいだってさ、負の田舎生活なかったらさ、んな事も、んな事も出来てたんだいっ!!と、荒む。

羨ましいし輝いてるし理想がそこに転がってるし、出来てる人がいる現実突き付けられるし、なんだかんだで、現実の私は出来てない。出来てない自分と勝手に比べて、勝手に自分で卑下して落ち込んでるだけだ。


これは、完全にいいがかりだ。

ようは、あっちの世界に呑まれたオマエが悪いんやんけっ!!である。
いいかげん、何もかも田舎生活のせいにするのをやめてもらいたい。



1号2号の一番可愛らしかった時期を台無しにしたのは、他ならぬ私自身である。

どんな理由があったにせよ、今がどうであれ、当時の自分に対して言い訳をアレもコレもと付け加えて、なかった事にしたいだけで、全くもって現実を受け入れられてない証拠ではないか?!!



そうは思うのだけど、辛いのだ。
心に余裕のない時に読んでしまうと、とてつもなく辛いのだ。

当時の1号や2号の歳の頃の子を持つお母さんの書く愛情たっぷりブログが本当に辛いのだ。


戻ってこない、取り返しのつかない、やり直しの効かない、リセット出来ない、あの頃の娘達。



また、運が悪い事に田舎に行く前の幸せ絶頂期の頃の写真が無いのだ。

停電で吹っ飛んだデーター。
復旧出来なかったデーター。
バックアップもプリントアウトもしてなかったデーター。


更に戻ってこない。




あの頃の自分を頭では受け入れてるし、頭では理解している。

心が着いてこない。



もしかしたら、あの幸せ絶頂期は幻だったのではないか?美化してるだけではないか?

深く記憶に残っている田舎時代の虐待の記憶にのまれる。



別に今が良ければ、過去なんてどーだっていいやんかっ!!

という信念の持ち主であったはずの自分ではあるが、ことさら子育てとなると、思い出が欲しくなるのだ。不思議なもんだわさ。


自分の写真なんかゼロに等しい程ない。
まったく必要性を感じない。
結婚の写真すらないというのに。

今の自分が覚えておきたい記憶だけで十分。だから忘れたい過去が写ってる写真なんかイランわ!!だったはずなのに。



まぁー、無いもんはしゃーないから別にいいねんけどさ。


未練タラタラであることは、間違いない!!!



おかげで、余計に美化されているてらいがある。
そして、そのコントラストとして最大限の効果を放つ負の田舎生活の時の虐待の記憶が更に更に際立ちまくりである。



よって。
余程自分の心が安定している時でないと、人様の素敵な育児ブログにはコメントができないのである。

逆もしかり。
そんな育児して!と物申したくなくようなブログだったとしたら、絶頂期の美化された我が育児自慢をしたくなる私が現れる。


なので。
私は、できる限り子育てブログにはコメントせずに、☆だけを残すようにしてる。


まともなコメントできる自信がないだけやねんけどな・・・。




そうね。
田舎脱出後の核家族に戻ってからの1号2号3号の子育てを彷彿とさせられるブログだったら割とフラットにコメントしやすかったりする。


ココに来てから最近では、あまり子育てでは拗らせてないし、子供達も順調に育ってるし、変に自信があるわけでもなく、自信がなさ過ぎるわけでもなく、かなりフラットな状態だからだと思う。


ほんと、、、当時を思い出すブログは読んでいていまだに辛い。
当時の娘達の幸せを奪って本当にごめんなさい。という申し訳なさも増幅するわけなのです。



あーー、私の人生、言い訳だらけーーー!!!


では、さらばじゃっ!
これ以上懺悔してもくど過ぎる!!


ということで。
おやすみなさい。