働くオカンの思考を解剖したらこうなりました

働くオカン(三姉妹の母)の思考 From 2013.10.21 to 2015.04.07

小さな幸せと思い出とを思い出したからなのです。

昨日の続きでもあり、パパへのラブレターでもあり。明日(もう今日か)は父の日ですね。(あれ?来週か??)







別に私、イケメンSE君に恋してるわけではございません。全くもって、欠片もそんなのはありません。

なんせ、彼が鼻垂れSE君だった頃から知ってますし、彼に新人研修したの私ですし。私の研修終わった後に技術部行って先輩にケチョンケチョンだったのも知ってますし。ついでに、彼には奥さんいますし、新婚ですからね。そういうやましい気持ちがあるわけではありません。むしろ成長したね!という母のような気持ちすらあります。



じゃー、なんなんだと申しますと。

豪雨の中、車の助手席開けて傘さしてどーぞーみたいのとか。
あ、ここ知ってる。XX社さんのビルのある通りだ。と私が言えば、ナビ指していまココでXX社さんのビルはここですねー。と教えてくれたり。
急ブレーキ踏んだら、あ、すみません。とか言われたり。
お子さんの保育園のお迎え間に合いますか?仕様固まったし、最寄りで電車の方が早いですね。ここで降りたら雨濡れませんよ。と気遣われたり。
単純に、仕様詰めてVMの上のゲストOSやハードウェアの選定議論しながら、たまに窓の外見たらレインボーブリッジが見えたり、東京タワー見えたりしてたらさ。


遠い遠い遠過ぎて忘れてたような大昔の旦那とのまだ付き合っていた頃のドライブ思い出したわけですね。よく考えたらもう結婚してから10年以上過ぎてます。付き合ってた頃から数えたら何年になるのやら、わかりません。


今はもうスッカリ車に乗らなくなり、もう手元に自家用車もなくなり、ドライブなんぞとは無縁になってたので完全に忘れてました。

旦那は、当時は走り屋さん仕様のセブンに乗ってまして、夜中の首都高かっ飛ばすとかだけでなく、どこ行くにも車だったのです。旦那は電車が嫌いだったから。
自家用車もセブンからエイトに乗り換えましたが、なんだかんだで歳も取り走り屋しなくなり家族増え、電車の方が便利になり車を手放しましたが、手放す時の彼がとても寂しそうな顔だった事を思い出したわけです。


いまでこそ、乗らない趣味の車一台くらいなら所有できる余力がありますが、当時はなかったですからね。旦那はきっと泣く泣く手放したことでしょう。彼なりに家族の事を考えた結果でもあります。


旦那とギクシャクしだしたのは、旦那の実家での完全同居からです。つい最近も、大喧嘩して母娘依存のパンドラの箱開けちゃいましたし、本当にもう昔みたいに手放しで旦那の事を好きだと言う気持ちだけでは正直やってけない現実と生活とで、いろんなことを忘れてました。


それでもふと立ち止まると、私はやっぱり旦那の事が好きみたいです。

元々、私がSEと対等に話が出来るのは旦那と付き合っていた当初に基礎をガッツリ教育されなんなら小さな規模であればネットワークも簡単なサーバーくらい立ち上げられるよう旦那所有のテスト環境で構築させられたからです。(私はインフラ系です)技術がわからん営業が適当な提案しててムカつくから。という旦那の信念の元、シゴかれましたね。当時は同じ業界で別会社でしたので、誰か得?な感じだったのですが、あの時の基礎があるから上に積み上げられてる今の私があります。今は旦那と私は業界も違いそれぞれ別々の仕事してますけどね。


私、旦那を尊敬から初まった恋愛だったのもあり、未だに尊敬してる部分や感謝してる部分が残っており、日々のムカつき苛立ち小生意気に意見を曲げず旦那を責め続けたとしても、最後は結局そこに戻るような気がします。嫌いになりきれないわけですね。


イケメンSE君のおかげで気付きました。
たまたま偶然、彼が車で、それに同乗する事となり本当によかったと思います。


私は、旦那にそれをして欲しかったんです。

女の子扱いというか、大事にされてると感じる行動というか、なんですかね?一個人として尊重されてると感じれる扱いをされたい。少し遠慮がちな気遣いとでもいいますか。ボキャブラリー足りなくで上手く表現できませんが。

馴れ合いと共にお互いが図々しく遠慮がなく思ったことそのまま言葉にしてブツケ合って消耗してたんだな。と。


そして。
イケメンSE君にされ、新鮮ではありましたが、別に彼にしてもらいたいわけじゃない。と、確信しました。あ、旦那にしてもらいたい事なんだと。私の欲求不満はココなんだなと、納得しました。


あー、まだ私の中にこういう感情が残ってて燻ってたんだなぁー。私、女なんだなぁー(笑)と自嘲気味に笑えてきました。


私は、旦那と幸せになりたいんだ。
私だけじゃなく、旦那と一緒に幸せになりたいんだ。

そんな青臭い感情が根本にあるんだな。
と、気付きました。


パンドラの箱開けて病んでる旦那を見てるのが辛いし、乗り越えて一緒に幸せになれればな。その為に私が出来ることは何かな?と、考えるようになりました。

まだまだ答えは出てないですが、これからもっともっと考えて行きたいと思います。娘達と一緒に。家族皆が笑と幸せが満ち溢れるよう無理のない範囲で。たまに爆発してブチギレつつ、前向きに歩いて行きたいなと思います。



意識表明がてらブログに記します。
最後まで読んでくださった方がいらっしゃいましたら、纏まりなくて駄文の極みのような文章にお付き合い頂きまして、本当にありがとうございます!といいたいです。

では、そろそろ寝ます。
おやすみなさい。